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姉は全ての状況と殆どの能力を失い、地に落ちた。
弟は気が触れ縁者を斬り伏せ、人の道から外れた。

どこからどこまで夢の中かも分からない、僅かな安寧の中、傷を舐め合い這い蹲る。
これは哀れな姉弟のものがたり。
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走る、走る。
赤い下草を踏み、赤い木々の間を縫い、赤い砂地を駆ける。

海岸から私達は、島の中心部に向かって移動し始めた。海の向こうから壁がぐんぐん迫ってきているのだ。このまま居れば押しつぶされてしまうかもしれない。
本能的な恐怖と防衛本能で逃げていたが、恐怖感と戦いながら生き延びるより、あの壁に粉微塵にされた方が楽なのではないだろうか。少しそんなことを思った。

私達だけではない。他にも沢山生き延びようとする殺戮者達は居た。皆、殺し合いながら潰される恐怖に怯え、歩を進める。
なんて光景だろう……。

そんな中、あの男性は道中私達の前に立ちはだかった。
以前、山中で見かけた、隻眼・隻腕の男。左手には使い込んだ長剣を持ち、残った左目はギラギラとシュガを見据えていた。
その面立ち、その赤毛。聞くまでもなく、アルグリフの系譜の特徴を色濃く出した外観だ。

シュガが、笑っていた。
せせら笑うような、思わず目を反らしたくなるような、凄惨な狂気の笑み。
男が吼えた。
昏くしかし迸るような、黒い血を吐くような凄惨な叫び。
ダメだ、今、そんなことをしている場合じゃあないのに。壁が迫ってくるのに。押しつぶされて、決闘どころじゃなくなるっていうのに!!





―――結局。
この場では一時休戦、という事と相成った。
双方の説得にはかなり骨が折れた上に、私の肩口と胸部、首に刃が通過することになったが、どうにか納得してくれたようだった。

……結局は死ねない私。死ぬことも出来ない私。狂気に染まることも出来ない私。
夜間、砂地に点在する岩の上で休息を取ることになったが、痛みと失血で眠ることが出来なかった。紅い月が煌々と地上を照らしている。


あの男―――クルツ。クルフェルト=アルグリフは、私達の実弟だった。
年はシュガより三つほど下。とは言っても、私より確実に年上に見えるのだが。
だが、私は彼の存在を知らない。確かに両親はもう一人ぐらい子供を作れそうなくらいに仲が良かったが、それにしたってたかだか三つ程下の弟の存在など知らない。
なのに、シュガは知っている。あの腕を切り落としたのは、瞳を抉ったのはシュガなのだという。
どういう――― ことだろう。

思考が纏まらない。平らな岩の上で紅い月の光を浴びる。すぐ側ではシュガが眠っていた。
と、何者かがこちらに近づく足音があった。少し変則的な、砂を踏む音。

クルツだった。

相変わらず相貌に昏い影を落とし、岩の上の私を見上げている。何か用なのだろうか。
言いしれぬ不安を抱きつつも、単身ふわりと岩の下に降りた。シュガは起こさないでおいた。明らかに非常に厄介なことになるからだ。

何か、と聞きかけた途端、彼は残った左腕で私を強引に抱き寄せた。
優しさなどは殆ど存在しない温もりが伝わってきた。
驚愕に目を見開くと、そこには昼間のシュガと同じ、凄惨な狂気の笑みが浮かんでいた。

「―――……姉さん」

呟くような、低い声。
昏い情念が、クルツの残った瞳に渦巻いていた。
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