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姉は全ての状況と殆どの能力を失い、地に落ちた。
弟は気が触れ縁者を斬り伏せ、人の道から外れた。

どこからどこまで夢の中かも分からない、僅かな安寧の中、傷を舐め合い這い蹲る。
これは哀れな姉弟のものがたり。
■  08/18  [PR]  ■
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終わりは唐突にやってきた。
かつて朱い島と呼ばれた場所に、恐ろしい速度で虚無が迫った。

最初は朱い海の果てにある、何らかの自然現象のようだった。
竜巻か稲光のように見えていたそれは、岸に近づくにつれて、いずれとも違うものであることが分かった。



黒い巨大な球体のような、虚無。



海水が消えていく。
干上がるでもなく、巻き上げられるでもなく、吸い込まれるでもなく。
海が消えていく。
まるで海というチーズを、綺麗に切り取って平らげるように。

湾岸の木々がめきめきと薙ぎ倒され、砂から切り離されて彼方へと吸い込まれていった。
生き延びた者が刻んだ石碑は粉々に砕け、粉塵となって吸い込まれていった。
かつては殺戮者たちを潰すかのように存在した石壁は、無数の泡と化した後に、何の抵抗もなく消えていった。
”虚無”は島を喰らい―――喰らうという生物的表現が正しいかは謎だが―――それは凄まじい速度で偽の半神のいる島に迫った。




丘の中腹にある家からも、その様子は見て取れた。
何事かとテラスに飛び出して来た「二名」は、週末の光景にただ呆然とするより他無かった。

それはこの永遠ともいえる牢獄が砕かれる刻であった。
終末の刻であった。
予想だにしない終焉であった。





■【SIDE:Schleiden-Alias】

「彼」と出会ったのは数十年前、ほんのつい最近のことだった。

海辺で倒れ伏していた「彼」を発見したときの驚愕と動揺、そして歓喜は、如何様な筆舌を尽くしても語りきれないだろう。
体感時間にして、およそ数百年ぶりの人との邂逅であった。

それは、私と「私」が、分離する前に見知っていた男性だった。
聞けば偽の島を出てから、命を落とし、ここにやってきたということだった。

後々聞いたところに寄れば、「彼」は私が―――というよりも、分離する前の私が、異性として気になっていたらしい。
視線に気付かなかった私も私だが、当時は私にも相手が居たことだし、その辺りは鈍くて当然なのだろう。
非常に申し訳ないことをした気がした。

本体とエイリアスの差を説明するのは、そう難しいことではなかった。
「彼」の故郷には、神が自らの分身を贖罪の羊として差し出す、という伝承があるのだそうな。
故に「私」とは似て非なる者だと分かって貰えたが、根底の想いはあまり差がなかったようだ。



楽しかった。
嬉しかった。
初めて「発生」してよかったと思えた程に、穏やかで温かい時間だった。
愚かにも島に残ることを選択してしまった「彼」に、しかし後悔の色などは全く見えなかった。
戦用の大剣は以降使用されることなく、納屋で埃をかぶるに到った。

夫婦のような生活を数十年、互いに年を取らずに、農作業や家事をこなす自給自足の日々。
それは牢獄に差した、温かい光だった。
そして「彼」からは名を貰った。



シュエイ、と。



以前、まだこの島が殺戮に満ちていた頃、水たまりから向こうが、「彼」の姿が見えたことがあったのだ。
彼からも姿は一瞬だが見えていたそうで、その時に何の気もなく呟いた名がそれだったそうだ。
気の遠くなるような時間を生き、初めて名を貰った。そして呼んで貰えた。
どれほどの歓喜だったことか。





その彼が、今、テラスで呆然としつつ、私の肩と手を握り締めていた。
大きな掌が肩を包み込んだが、それは僅か汗ばんでおり、異常事態を飲み込めていないことが分かった。
それはそうだ。人間だもの……
彼よりは幾分か冷静になっていた私には、すぐに終焉が来ていると分かった。
この思考の切り替えもやはり人では無いんだなと、どこか悠長に実感していた。



私はどうなるのかわからない。だがこのままでは、彼は確実に飲み込まれて消滅するだろう。
この島の生物は、即ち魂魄の変形だ。おそらくはそれすらも残らない消滅。

島が轟々と凄まじい暴風に覆われ、家の屋根がみしみしと音を立てて彼方に吸い込まれた。
畑などはとうに失せた。
虚無はあと僅かでこの家を、私たちを飲み込むだろう。
だが、そうはさせない。





貴方からは沢山の安らぎを貰った。
名前のお礼としては些末だけど、受け取って欲しい。



―――……そしてごめんなさい。
    ありがとう。





私の考えに気付いたか、2メートル近い巨躯が、驚愕の表情で私を見下ろした。
何かを言おうとする彼に手をかざし、この島の神の力を解き放つ。

それは魂の昇華だった。
ようやく私にもこれくらいの力が戻ってきていたのだ。
瞬間的に燐光に包まれた彼の身体―――魂魄は、瞬時に昇華し、天へと昇っていった。
肩に置かれた体温はすぐに失せ、最後の悲しそうな表情だけが私の脳裏に残った。
最後にバンダナと眼帯だけが残り、それらは虚無に吸い込まれていった。



未練がないわけではない。彼としては運命を共にしたかったのだろうが、それは不可能だ。
この島での生活であればいざ知らず、やはり人間とエイリアスでは無理なのだ。

だから、これが精一杯。これで、私の力は、ゼロだ。
牢獄の終焉は、消滅か。それとも虚無の中での生存か。
どちらにせよ、どうにもならない。



その刻を見届ける気力もなく、私は静かに瞳を閉じた。
今度こそ、底なしの絶望がやってくる。



私は自分で自分の手を握り締めた。





■【SIDE:Schleiden-Demigod】

私は自分で自分の手を握り締めた。



―――とでも思っているのか、「私」、いやエイリアスは、迫り来る虚無に微動だにしなかった。
ある意味自分の手を握り締めているのかもしれないし、未だその感覚があることには驚いたが、よもや私がやってくるとは思っていなかっただろう。



『自分の幕引きくらいは、自分でせんとな?』



事の顛末を把握した夫が、いつもの胡乱な笑みをたたえて放った言葉。
全くその通りだ。返す言葉もない。長い間ふさぎ込んでいるわけにもいかなかった。

虚無は島のほぼ全てを破壊しつくしたが、おかげで私が島に影響を与えることなく入り込むことが出来たのは僥倖だった。
半分この期を伺っていたと言っても過言ではない。
外部から伺うことが出来ずに焦燥は募るばかりだったが、エイリアスが存在していたことに狂喜し、そして時間も殆ど無いことが分かったのだ。



未だ瞳を閉じたままのエイリアスを掴み、虚無の影響がない空間まで駆ける、駆ける。
暴風雨の中を突っ切る方がまだ易いような、圧縮された轟風の壁を突き抜けるように。
どちらのものか分からない紅い髪が幾筋も切れ、発熱し、炎上し、後ろに飛ばされていった。
ちらと振り返ると、拘束衣の代わりとなっていたドレスが広がり、大輪の白い花を掴んで飛んでいるようだった。



紅い島の終焉テリトリーを一気に抜ける。
あとになにも残らない虚無を背後にし、狭間をいくつも突き抜けた。
エイリアスがただの人の魂魄だったら、途中で燃え尽きてしまっただろう。
幾つもの次元を越え、幾つもの時の流れを横切った。
狭間は様々な記憶や意識の固まり、物品が漂流し、確実に終焉のテリトリーからは脱出できたことが見て取れた。



握った手に僅か力が込められた。ようやくエイリアスが状況に気付いたようだ。
実感のない呆けた顔に僅か苛ついたが、苛ついた事自体に軽く驚いた。
もう殆ど、私とエイリアスは別の人格になっていたのだなと。

とは言え、状況の解説はほぼ不要だった。
相変わらず頭の中はリンクしていたし、互いの感情も相互に伝わった。
時間の経過によって成った記憶と、焦燥と絶望。
入り交じった思念は、流石に冷静になど見ることもできない。

暫くの間、私とエイリアスは、額を合わせるようにして下を向いて泣いた。





そうしている間にも、エイリアスからはマナが緩慢に抜けていった。
通常の生き物ではない神族であっても、このままでいればどうなるかは明白だった。
エイリアスはすでに老成したような諦観を持っていた。このまま消滅を待つつもりなのだ。
結果的に彼女は、私よりも年を経てしまった。
外観は同じと言えど、精神構造が人間と違えど、それは大人と子供ほどの差があるのだろう。

―――だからといって放っておけるだろうか。私はまだそこまで老成していない。
何か手はあるはずだ。

狭間の空間には、様々のものが漂っていた。
浮かんでいるもの、目まぐるしく飛び交うもの、どこかへ飛んでいくもの、ゆらゆらと漂うもの。
それは果たして一貫性のないものばかりだった。



黒塗りの鈴、古びた戦輪、香水の瓶にアンクレット。
干涸らびた種に折れた剣の先、短刀に金平糖の袋。
錆びた釘に手桶、千切れた帆布、投網、巨大な薬莢。

そして朽ちた板と砂の固まりの間に、それは挟まっていた。



強いマナの香りがする、円筒形の容れ物だった。大きさはワインの瓶くらいだろうか。
一見装飾の付いたランプのようだったが、煤などの使用形跡はない。
ただの硝子ではなく、術による強化がなされていそうだ。傷一つ入っていない。
下の方にはエルフ語で何かが掘ってあったが、よくわからない。固有名詞―――人の名前だろうか。

何かの容れ物だったことは分かるが、何を入れていたのかは分からない。
ただ言えるのは、マナを逃さず安定させる事の出来る代物だということだった。

運命か、罠か、因果の産物か。
躊躇いはあったが、熟考している時間もなかった。
そう、今の我々は分かりやすいように現世での姿をとっているが、実際にはここでの姿形に意味はない。

―――これしかない。





■【SIDE:Schleiden-Alias】

ガラスの牢獄かと思いはしたものの、案外そんなことはなかった。
私は空気も栄養も排泄も必要としない存在だ。
むしろそう居心地も悪くなく、どこか懐かしい感触もあった。



大丈夫だろうかと、本体の半神がこちらをしきりに覗き込む。
こうやってみると瞳が大きく見えて、こちらからしてみれば些か滑稽だった。
どこか安心できたのは、この円筒に漂う匂いだろうか。

枯れ草のような甘い匂い。
随分と長く紅い島で嗅いだ匂い。
種のような匂い。
若草の匂い。

それらは何処かへと繋がっているようでもあり、この中に留まっているようでもあった。
くさいきれが、どこかへ繋がっている―――
瞳を閉じれば、そこが草原だと錯覚してしまいそうに。



半神は私を携えて飛んだ。
現世へと。
緑織り成す大地へと。
記憶にはあるのだが、体感するのは生まれて初めてだ。

紅くない光。
紅くない大地。
紅くない海。
紅くない風。
紅くない海鳥。
紅くない魂。



これからどうするのか。
肉体の無い私は、こちらでどうすべきか。
半神と相談するまでもない。いや、相談の必要もない。

ガラス越しに見た空は、記憶には恐ろしいほどに懐かしく、
体験としては初めて、瞳に映った。





この緑の世界にあって尚紅く燃える灯火よ。
私が触れるまで枯れぬ事を願う。

【FIN】
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