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姉は全ての状況と殆どの能力を失い、地に落ちた。
弟は気が触れ縁者を斬り伏せ、人の道から外れた。

どこからどこまで夢の中かも分からない、僅かな安寧の中、傷を舐め合い這い蹲る。
これは哀れな姉弟のものがたり。
■  04/19  [PR]  ■
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海はここでも海だった。
水平線まで赤いけれど、遠くは血の色みたいな水だけど、それでも海だった。
砂も赤みがかかっていたけれど、足の裏の感触はやっぱり砂だった。
膝まで海水に浸かりながら、みゃあみゃあと鳴く海鳥たちを見上げた。海鳥は赤くなかった。
服の裾が水面に浮かんで、私を中心に白くふくらみ、広がっていた。




涙があとからあとから溢れて止まらなくなっていた。




この島に居る者の殆どが、私を殺すか犯すかしか考えていないと分かったのは、つい先程。
出会う生物全て、木槌の化身(ツクモガミ、とか東方では言うんだっけ)やどこか愛嬌のある山猫まで、私達を殺そうとしてきた。
返り討ちにした。

炎の神力が極限にまで削られ戦闘の手段を持たぬ私に代わって、弟は、シュガは前線に立った。
私は半分塵となり、シュガに僅かな炎の力と、生来よりの身の軽さを与える。
やつれているとはいえ、剣士は剣士だ。錆びた手入れのなっていない剣すらも、シュガにかかれば格段の武器と化した。

しかし守る代償としてか、弟は人としての禁忌に踏み込んできた。
代償?
それとも別の何か?
混乱しているのか何かに縋ろうとしているのか、それともとうに発狂しているのか、或いは発狂しようとしているのか。

穏やかに眠っているような義妹、弟の妻。くさらないのは、くるんだ布に込められた緑色の珠の力らしい。
そのくびの前で、私は半ば無理矢理 に




しにたくなった
私の上で夢遊病者のように滔々と語る、虚ろな顔と瞳。血のように顔に垂れてくる赤い髪。
自分の妻を斬ったという、父と母を手にかけたという事実。
しにたくなった。
発狂に憧れる状況がやってくるとは、夢にも思っていなかった。
しかし、そうそう簡単に人は狂えないものらしい。
何より私自身が、泣きながらどこか悦んで
そんな悪夢のような異常な状況で

しにたくなった
しにたくなったけど

そんな状況でも、私は信じていた。一縷の望みに賭けた。賭けざるを得なかった。
これは一時的に力が弱まっているだけ、シュガは本当は何か事情がある。
もしかしたら私は凶悪な幻覚を見せられている
ひょっとしたら***が助けに―――





『来ないよ。』








……。…………誰。


『来ないよ。というか来られない。
だって、キミに気付いてないもの。
キミがここにいることに、誰も気付いてないもの。』



意味が、わからない。


『分からないふりしちゃ、だめだよ。分かってるんでしょ?
キミ、本体じゃ、ないもの。本人じゃないでしょ。』



……………………。なぜ、それを。


『うん、やっぱり薄々勘づいていたんだね。
本体じゃなくても、流石だよ。僕の声が通じるなんて、しかも言語化できるなんて。
人間でも、その上でも下でもない証拠だね。』



ああ、全て納得は、行く。仮説が確証に代わっていく。
唐突な声の主に心当たりはないが、如何様な存在かは分かる。


『ハローハロー、ファーストコンタクト。はじめまして異邦神。
あんまりキミらだけに関わってもいられないけどね!
僕はコウセイ・メd―――……』










シュガの妻、私の義妹は、魔法陣より少し離れた平原に埋葬した。
相当深く埋めたので、動物に荒らされたり掘り起こされたりする心配はないだろう。
石を積み上げただけの、あまりに簡素な墓標の前で、嗚咽も漏らさず私は泣いた。
涙が後から後から出てきて止まらなくなった。
シュガの分もきっと含まれているのだろう、涙がぼろぼろと、頬を伝って落ちるのだ。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
痛かったと思う。悲しかったと思う。
ごめんなさい。
悼むのが私でごめんなさい。弟でなくてごめんなさい。
恨むなら弟を恨まないでください。代わりに私を恨んでください。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
シュガのあいしたひと、シュガをあいしたひと。
ごめんなさい。
ラドネイさん。
ごめんなさい。
悼むのが私でごめんなさい。弟でなくてごめんなさい。
偽者の私でごめんなさい。
コピーの私でごめんなさい。
ごめんなさい。
ラドネイさん。
ごめんなさい。




どれだけ時間が経ったのか。
気がつくと、水平線に向かって私は歩を踏み出していた。
じゃぷじゃぷと、赤い海水が裾にまとわりつく。

やっぱり涙は止まらなかった。
海風が髪を踊らせ、梳り、通り過ぎていく。
海鳥が呪いの歌をうたっている。

普通の人間ならこのまま歩けば溺れ死ぬ。
”本来半神であるはずの私”であれば死なない。
なら、エイリアスである私はどうなるのか。
”シュレーデン=アルグリフ”の分身、偽者である、私は。




例えば、ここにリンゴがあったとする。それを極限なまでに精密にスケッチできたとする。
描き終えたとてそれは、味も香りもない、絵。リンゴに近いものであって、リンゴではない。
しかも、スケッチした対象のリンゴはなくならない。

複製。コピー。分身。エイリアス。
―――それが、私だった。




狂ったような孤独感が私を支配していた。
***や子供や親類、その他大勢の仲間の元にも戻れない。本体が居るから。
見知った人は誰も私の存在を知らない。戻る場所はどこにもない。
記憶・経験までコピーされているのは、どういう意図なんだ。神力だけ消えて。
この島で永久に存在するか、殺されて消滅するかの二択しかないのか。
ならいっそしにたい。
エイリアスであっても禁忌すら冒した。
誰か私をころしにきて。
ころしに。
ころして。
けして。
消してください。
私を消してください。

不意に。
後ろから抱きすくめられていた。誰かは見なくても分かっていた。
背に感じる金属の感触、軽甲冑の胸部。
前に回された筋張った腕は意外に優しく、だが私をしっかりと捕らえて離さなかった。

「―――お姉、そっち行ったら、あかん」

ぼそりと掠れた声で呟かれる。実弟と言っていいか分からないが、実弟に。
妻殺し、人としての禁忌を冒した者、発狂した剣士。そして私の両親をも殺した者。
だが確実に、そして唯一、私と居てくれる者。
私を私と認めてくれる者。

私は回された腕を、力一杯抱きしめ、叫ぶように哭いた。
やはり涙は滔々と尽きることなく、私の頬を伝い、海面に落ちていった。

数々の罪を重ねた、外道と呼ばれても仕方ない弟に、私は身を委ねた。
発狂に憧れる状況がやってくるとは、夢にも思っていなかったのだが―――
既にいつからか、私は狂っていたのかも、しれない。
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